読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

短歌のピーナツ

堂園昌彦・永井祐・土岐友浩が歌書を読みます。

第21回 岡井隆・小池光・永田和宏『斎藤茂吉――その迷宮に遊ぶ』

 ドリームチーム、茂吉を語る 堂園昌彦

斎藤茂吉―その迷宮に遊ぶ

斎藤茂吉―その迷宮に遊ぶ

 

こんにちは。

今回の本は、1998年に砂子屋書房から出た、岡井隆・小池光・永田和宏著『斎藤茂吉――その迷宮に遊ぶ』です。

この本はどういう本かというと、

 

岡井隆と小池光と永田和宏という現代短歌を代表する3人が!

 

斎藤茂吉という短歌界最大の巨人をテーマに!

 

1996年9月から1997年7月まで隔月で一年間!

 

京都で固定200人のお客さん相手に!

 

連続して全6回のトークセッションをやった!

 

という、その記録です。

はい、もうこの時点で面白くないはずがありません。ドリームチームというか、アベンジャーズというか、勝利は確約されたも同然、あとは各自読んでください、という感じなのですが、ちょっと内容を紹介してみましょう。

 

まず、第1回目のセッションのテーマは、「茂吉の青春、『赤光』をめぐって」です。ベタっちゃベタなのですが、基本であるがゆえに興味深い内容が出てきそうです。まず、基調発言として、岡井さんが茂吉の中にある風土的なものを指摘します。

岡井 茂吉の中にある風土性というのは『赤光』の中に見事に現れています。いちばん典型的なのは「死にたまふ母」で、これは『赤光』の中に見事に現れています。(中略)

これは何を言っているのか。母というものが、故郷とほとんど同一視されています。母親の死というものを、あれだけロマンチックに詠い上げていて、悲しいような感じもするけれど、悲しさよりも、ふるさと讃歌というのか、お母さんを讃美している。(中略)

山々に取り囲まれた盆地特有のメンタリティーと複雑に絡み合った場所、その場所で今死のうとしている母親というものを詠い上げると同時に、五月の上山盆地のつばくらめであるとか、あるいは蚕であるとか、おきなぐさであるとか、ひなげしとか、いろんなものを総合して彼は詠い上げているんだね。(p.27,28)

確かに、茂吉の『赤光』には、山形の風土的なものが多く出てきます。有名な、

 

のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳(たらち)ねの母は死にたまふなり

 

とか、

 


死に近き母に添寝(そひね)のしんしんと遠田(とほた)のかはづ天(てん)に聞(きこ)ゆる

 

とかを考えてもらえばいいんじゃないかと思います。

他に、茂吉が一生山形弁を直さなかった話なんかが出てきます。

岡井 有名な話ですが、茂吉はドイツ・オーストリアに留学しますね。ドイツの大使館の人が、回顧談をしているんですが、「私は、勤めている間に何百人という日本人がドイツに来るのをみたけれど、あんなにひどい山形弁を残している日本人は見たことがない。」と言ったらしいですね。(中略)直せないわけないんですよ、彼の書く文章は実に立派ですからね、わざと直さなかったんでしょう。そこには一種の上山盆地出身の農民の反都会性というのか、反都会の志というのか、俺にとっては、俺のところの言葉が日本で一番いいんだよ、いや、世界で一番いいんだから、ドイツへ行ったって別にそれで一向かまわないという感じなんでしょう。(p.26)

これなんかは確かに、茂吉が山形に対して素直な愛郷心を持っていたことの表れと言えると思います。『赤光』の歌たちは、こうした茂吉の中にある風土性とは切り離すことができません。

と、同時に岡井さんは、茂吉の『赤光』の歌には、ある種の浪漫性があるとも述べています。

岡井 それでいながら僕は、どの歌の中にも何かこう浪漫主義的なもの、理性的なものとか分析的なものでなくて、感情的な要素を強く感ずるのです。(p.29)

 風土性の強さと同時に、浪漫的なものの強さが茂吉の特徴です。風土性は、土地に根ざしたものですし、浪漫性はある意味普遍的なものです。その二つは一見矛盾するのですが、茂吉の中では同時に存在しています。確かに『赤光』には「感情的な要素」は満ち満ちていて、我々が読んでまず驚くのは、悲しみや怒りや喜びといった茂吉の強い感情です。

感情的な要素だけですと、具体性が乏しくなってしまいますし、土地に根ざした要素だけですと、その土地以外の人間が楽しむことはできません。『赤光』はこうした相反する要素を備えているからこそ、多くの人間に届く名歌集になったと言えるかもしれません。

そして、岡井さんは茂吉の中にある音楽性も指摘します。

岡井 おそらく、浪漫主義は音楽というものを至高ととるんですね。短歌の場合、音楽というのはリズムと音韻のメロディですか。斎藤茂吉は繰り返し繰り返し声調論を唱えている。短歌の文体でも構造でもない。短歌の中にある音楽性を最高のものとみているわけですね。(p.29)

茂吉は評論の中で短歌の声調論を繰返し語りました。それは、茂吉が短歌の中にある音楽性を、他の文学にはない高いものと見ていた証拠にもなります。

しかし、そうした浪漫的な性質は別の側面から言うと、社会的なものへの無関心にもつながります。 

岡井 トーマス・マンなどがはっきり言っているわけですが、音楽というのは悪魔です。音楽という悪魔は、必ず人間の心をさらっていきます。我を忘れさせるわけです。理性的なものを失わせるための道具なんですね。そういう音楽性に最初から入っていく。些末な現実に対しては割合興味を持っているんですが、大きな現実、例えば社会的なものにはあまり重きを置いていないんですね。(p.29)

茂吉は、「大きな現実、例えば社会的なものにはあまり重きを置いていない」と岡井さんは指摘します。

 

たたかひは上海(しゃんはい)に起り居(ゐ)たりけり鳳仙花紅(あか)く散りゐたりけり  斎藤茂吉

 

この歌に、岡井さんは

岡井 すごく有名な歌ですね。しかし、ここでは別に何も言っていない。この歌で我々が思うのは、上海の戦いが何だったろうなんてことではありません。上の句と下の句が「居たりけり」と「ゐたりけり」で対応しているという何ともいえない音楽的陶酔感が先に来るのであって、別にこの戦いが何かはどうでもいいんですね。しかもこの上海という響きも、遠く、日本とは違うところにあるというだけのことで、別にそれ以上のことは何もないんです。(p.30)

と述べています。

小池 政治的なもの以外にも不思議なのは、例えば、十四歳くらいで東京に出てくるときに、山形にはまだ鉄道は通っていませんから、父親に連れられて山を越えて仙台へきて、そこで列車に乗るわけですよね。そして、東京にいる間に山形まで鉄道が通るんですが、自分の郷里まで鉄道が走って、それと同時に文化もどおっと入っていくと思うんですが、それについても取り立てて書き残したり、歌ったりしていませんね。(p.34)

小池さんもこう言っています。茂吉は鉄道についてもとくに書いたりしていないと。たしかにこの時代でこれは珍しいことです。そして、そこは都市景観を歌い、ふるさとへの複雑な気持ちを詠んだ啄木との大きな違いだと永田さんも言います。

永田 啄木には、東京人になろうとしてなれない時に、ふるさとに否応なしに帰らなければならない、でもふるさとから逃げたいという欲求があって、その中でふるさとを思う、葛藤の中でのふるさとなんだけれど、茂吉の中では、山形弁が一生抜けなかったことからも典型的にわかるように、ふるさとというのは、絶対的に安心できる場所なんでしょう。それが、茂吉が近代人になれなかった部分じゃないでしょうか。(p.36)

啄木の歌にはふるさととの葛藤という視点がありました。それゆえ、近代人としてのひとつの原型になることができた。しかし、茂吉にはふるさとへの複雑な思いは全くありません。茂吉にとってふるさとは、無条件に安心できる場所でした。

しかし、同時に、『赤光』は当時の文学者に圧倒的な影響を及ぼしている。そこが面白いところですね。

また、茂吉の歌には「プロセスがない」というところも面白い指摘です。

小池 茂吉は、いきなり、詠嘆というかたちで、核心をつかまえてしまいますね。普通、我々が生きていくときには、もっと分析的に考えて、原因が何で結果が何で、今どういうプロセスでこうなって、どこで俺が悪かったのかというふうに思います。しかし、茂吉はそれを考えない。もうしょうがないからとプロセスは省略して、結果だけ受け入れてしまって、大詠嘆をするわけです。普通、我々はプロセスを歌にする。それが、茂吉にはない。常にそういう感じが、特に『赤光』には感じられます。因果関係はなにも分からないまま、いきなり詠嘆になるんです。(p.41,42)

要するに、非常に強い感情が結果だけをつかまえてくる。なんかちょっとロックみたいですが、茂吉の歌を読む面白さはこうした強い感情にガツンと殴られるようなところは、確かにあります。

で、これも裏面から、社会的な側面から見ると、時代に対する鳥瞰図がなかったとも言えるわけです。

小池 茂吉という人は、社会的な関心がないという意味では、天皇の歌も本当は儀礼的な感情以上のものはないのではないでしょうか。

 

岡井 そんな感じがしますね。むしろ、山形県の上山地方のおじいさんやおばあさんが死んだとかいうほうが大きな問題で、一国の天皇が亡くなっても、形式的な儀礼は発するけれど、それ以上のものはないようですね。

 

小池 明治の終わりとか、時代が変わるとか、そういう発想は希薄ですね。

 

岡井 この人は、大知識人には違いないんだけれど、その内部にきれいに欠落している部分があって、彼の大好きな森鷗外が持っていたような日本の国をどうするとか、日本の詩歌はどうあらねばならないかとかそういう全体の鳥瞰図がないんですね。(p.55)

他の箇所でも、茂吉は「こと戦争への自分の意識の滑り込ませ方を見てみると、大衆のうちのひとりでしかないですね」という発言もあります。茂吉は知識人なんだけれど、意識的には大衆だったと。

戦争に関しても、大きな視点はなく、あくまでリアクションとしてしか捉えていない。

永田 戦争の歌にしてもそうですよね。なぜ戦争をしなければならないのかとか、戦争をして日本はどういう国をめざすのかとか、そういう発想は全くないですね。つまり、戦争の場面場面がどういう訴え方をしてくるかとか、自分にとってそれがどう見えるかとか、そういう非常に即物的なところでしか彼の発想というのはないですよね。(p.55,56)

こういったところは、茂吉の持っている「悪いところ」と言ってしまってもいいかもしれません。しかし、それだけで終わらないのが、茂吉の面白いところでもあり、恐ろしいところでもあります。つまり、こうした一見欠落した部分に、茂吉の魅力があるということなんですね。

岡井 同じような年齢でも木下杢太郎なんかは、流れてくる情報を自分なりに分析するわけですね。そして、こんなことで勝てるわけがないし、軍部のやることは間違っているということを分析して、それなりに情報部に対して、あれじゃだめじゃないかと進言するわけです。なぜ、木下杢太郎ができたことが茂吉にできなかったのか。それでありながら、木下杢太郎が日本文学に与えた影響よりは、遥かに大きな影響を茂吉の方がなぜ日本の近代に与え得たのか。彼の魅力もこの矛盾の中にある。茂吉の晩年は、一見間違いを起こしたように見えながら面白いんです。その辺はどうなんですか。

 

永田 茂吉の魅力はそういうところにあって、非常に分裂をしていながら、その色々な要素が何の葛藤もなく一人の人間の中にあるという、そこが一番面白いところです。逆に言うとだからこそ人間の文学なんだということでもありますね。(p.58,59)

もうちょっと他に細かいトピックもたくさん出てますが、第1回の流れはだいたいこんな感じですかね。初回からこの濃さです。しかし、おもしろい。第1回の最後に岡井さんが

岡井 茂吉とは矛盾したものをいっぱい抱え込んだ人だったということはおわかりいただけたかと思います。(p.59)

と言っているように、3人が語る濃いエピソードを通して、茂吉の持っている矛盾がびんびん伝わってきます。この「茂吉の持っている矛盾」がこの本の大きなテーマでしょう。「茂吉の矛盾」をひとつひとつ暴いていくことが、むしろ茂吉の魅力を探ることにつながっていくのが、奇妙で面白い茂吉の特徴と言えるかもしれません。

 

どうでしょうか、ちょっと伝わりましたでしょうか。のっけからわりとディープな話に踏みこんでるんですけど、3人それぞれの発言にたっぷりとした裏付けがあって、しかもテンポよく話されるせいか、かなり飲み込みやすいんですよね。で、重要なトピックがガンガン出てくる。さすが岡井・小池・永田のビッグスリー。しかし、これ、現場はおもしろかったろうなあ。

 

続いて行きましょう。第1回目の二ヶ月後に行われた第2回のテーマは「茂吉と笑い」です。「笑い」、いいテーマです。二ヶ月経ってますが、お客さんは固定ですので、必然的に前回を踏まえた話ができるわけです。

2回目の基調発言は永田さんです。まず、こんなことを言います。

永田 茂吉の面白さというのは、僕は、「何とも言えないおかしさ」にあるだろうと思います。茂吉にこんなに魅かれて、読んできている大きな要因に、その変におかしなところ、歌の向こう側に茂吉の性格が透けて見えてしまうようなところに惹かれたということがあり、是非、このジャムセッションで取り上げてみたいテーマの一つでした。(p.72)

永田さんは茂吉の面白さの理由のひとつに、「何とも言えないおかしさ」があると言っています。

そこでいろいろ例を出していくのですが、まず、茂吉はノミ、ダニ、南京虫の歌が多い。そして、その虫たちとマジでバトルをしています。

永田 エッセイと同じくらい面白い歌もあります。そういう例として、ノミやダニ、南京虫と茂吉の対決を詠んだ作品を少し挙げてみたいと思います。

 

家蜹(いへだに)に苦しめられしこと思(も)へば家蜹(いへだに)とわれは戦(たたか)ひをしぬ     『暁紅』

 

 茂吉には、この手の歌がやたらと多い。何が面白いかというと、たかが家ダニのような小さな虫と、真っ向から対決するという姿勢。面白いのは、「戦ひをしぬ」の部分です。つぶしてやろうとか、殺してやろうではなく、この場で一戦を物すという感じで、大見得を切ってやるわけです。そこが非常に面白い。(p.75)

これ、たしかにおかしい。確かにノミ・ダニはいらつく存在ですが、ここまで本気になって闘おうとするのは茂吉ぐらいでしょうか。他の箇所で小池さんも「虫と一対一で戦争をする、というのは三歳児までですよ(笑)」とか言ってます。

とにかく茂吉はどこへ行っても南京虫やノミに食われる人だったらしく、何度も何度もこれらの虫と闘っていて、そのたびに本気でバトルをしています。それは大変だ。おつかれさまです。

また、茂吉は権力に弱いという側面があります。「強いものに弱く、弱いものに強い」のが茂吉です(あらためて書くとひどいな……)。しかし、その権力に対する弱さっぷりも、なんだかおかしい。

 永田 権力に弱いというのは、誰でもそうなんですが、茂吉の面白いところは、権力に弱いことを、何のてらいもなく出してくるという点でしょう。

 

この里(さと)に大山大将住むゆゑにわれの心の嬉しかりけり  『赤光』

 

 今で言うと、同じ町内会ということでしょうか。そこに、大山大将が住んでいるというだけで、嬉しくなってしまう、あるいは誇らしく思う。こういう歌は、茂吉の中にいっぱいあります。(p.84)

なんでしょうかね。ふつう、こうした権力に対する意識は隠してくると思うんですよね。でも、茂吉は、むしろ嬉しそうに報告する。天然なのか、なんなのか。

他にもこんな歌があります。

 

はるばると来て教室の門(もん)を入るわれの心はへりくだるなり   『遠遊』

 

これはドイツに留学したときに、向こうの大学の教室の入り口を通ったときの歌です。「へりくだるなり」とはっきり言っちゃってる。

あと、性に関する意識も、茂吉は変わっています。茂吉はとにかく、性に対する意識が強い。四六時中そんなことばかり考えていたのか、という感じです。

永田 茂吉は、性に対する意識がたいへん強い人ですね。先程、覗き見趣味と言いましたが、覗き見たいという欲求も非常にあるし、自ずから連想がそこへ行ってしまうというのが、歌の中の随所にでてきます。(p.86)

「自ずから連想がそこへ行ってしまう」、はい、やばいですね。歌を見てみましょう。

 

馬に乗りりくぐん将校きたるなり女難の相か然(しか)にあらずか  『赤光』

有島武郎(ありしまたけをし)なども美女(びぢよ)と心中して二つの死體(したい)が腐敗(ふはい)してぶらさがりけり   『石泉』

 

陸軍将校が馬に乗って来ただけで「女難の相」を見てしまう、小説家・有島武郎が死んだときに、「美女と心中しやがって」と毒づく気持ちが「二つの死體が腐敗してぶらさがりけり」まで言ってしまう。やばさが滲み出ています。

 

(とな)り間(ま)に男女(をとこをみな)の語らふをあな嫉(ねた)ましと言ひてはならず   『あらたま』

 

旅館に泊まっているときに、隣の部屋から男女の話し声が聞こえてくるだけで、嫉妬心が湧いてくる。「言ひてはならず」なんていってますが、もろ言ってます。

永田 中野重治が、はっきり言っていますが、茂吉の性に対する興味、女性に対する興味が面白いのは、茂吉がもてない男だという点にあります。女にもてないし、もてないことに慣れることもない男が、茂吉なんです。そういう男だけが、「女に関する恋の歌でない詩が永久に出来る」のだと言っている。もてないんだけれど、そんな自分に慣れることもない、だから、外が気になるんです。(p.87)

要するに、「非モテ」ですよね。現在言うところの。

こういう意識は社会的な成功だったりとか、あと年齢とかでだんだん相対化されていったりするものですし、あるいは相対化されずとも外面的には取り繕ったりしようとしていきますが、茂吉はぜんぜん隠そうともしないし、ずっと悶々としている。し続けています。

いまサブカル的にこの「非モテ」問題はいろんなところで取り沙汰されてますが、斎藤茂吉を「非モテ」的に読んでいくのも、なかなか面白いかもしれません。

こんなふうに一個一個挙げていくと茂吉には可笑しいところがたくさんあります。しかしそれはやっぱり、他の人にはないところなんですよね。

小池 茂吉が、他の歌人とは、ひと味もふた味も違うと思うのは、「笑い」が吹き出してしまうかんじなんです。(中略)短歌で「笑い」をやると、笑えない。それが、茂吉に関しては、笑ってしまうのはなぜなのか。それは、まずもって、茂吉の人柄のおかしさ、やや常軌を逸している面が、こぼれてくるからでしょうね。(p.89)

常軌を逸したところがこぼれるのでおかしい。岡井さんも「茂吉は俳諧性とは無縁です」と言っています。狙って笑いを取ろうとする、ウィットとか、ユーモアとかではない。

しかしここでまた別の問題提起が出てきます。ちょっと前の話と多少ずれるんですが、岡井さんは、正岡子規以後の短歌で「おかしみ」を持っているのは、茂吉の短歌だけですよね、と言います。

岡井 そうなると、俳諧のおもしろさというものが、子規以後の近代俳句に消えていったように、近代短歌の中でも消えていったといえる。島木赤彦なり中村憲吉には、茂吉の持っている「おかしみ」の要素は、ほとんどない。土屋文明にも非常に少ない。このへんのところは、どうなんですか。つまり、同じように、正岡子規あたりから源を汲んできながら、茂吉にだけこの問題が発生して、他の写実系の人たちには発生しないという問題は、ちょっとおもしろいんではないですか。単なる「キャラクター」で片付けていいのか、どうなんでしょう。(p.109)

こっからの話、けっこう面白いです。この岡井さんの発言を受けて、小池さんは茂吉の持つ「おかしさ」を文体・言葉の問題であると言い出します。

小池 それは、私も聞きたいところです。確かに茂吉以外の人は、こんなにおかしくないですね。やはり、茂吉という「キャラクター」の特異性というのは、一つあると思いますが、たぶんそれだけじゃないでしょう。特異性格の人はいくらでもいますからね。やはり文体、言葉の問題として解き明かしていかないと、茂吉のおかしさというのは説明できないような気がします。(p.109)

で、文体・言葉の問題として茂吉のおかしさを考えたときに、やはりその源は「写生」にあるのではないか、と小池さんは捉えます。

小池 やはり写生という方法それ自体が、おかしさに行き着くような気がしますね。森羅万象を、言葉で写し取るという行為は、根本的になんかおかしい局面に突入するんじゃないかな、と思います。(p.112)

 ここには小池さんの考えがかなり出てると思うんですね。つまり、小池さんは短歌の「写生」というものをこのように考えている。

近年の小池さんの若手の歌に対する批判なんかも、こういった考えがあるんじゃないかとちょっと思います。頭の中で構築した世界を再現するために恣意的に言葉を使っていくよりも、現実や人生というある意味ではコントロール不可能なものを言葉で写し取ろうとしたほうが、なにか面白いもの、カオスなものが現れるんじゃないか、という考えが出ているという気がするのです。

永田さんと小池さんは同い年で1947年生まれです。二人が短歌を始めた1960年代は前衛短歌の全盛期でした。この本にも、

永田 僕が歌を始めたのは昭和四十年代の始めで、前衛短歌の真っ最中でした。「前衛短歌の理論が絶対」という環境で大学短歌会などは開催されていました。(p.380)

 という発言があります。

この年代の人たちは、そうした前衛短歌の大きな影響下から短歌を始め、前衛短歌を批判的に検討しながら、「写生」へと還っていったような経緯があります。

 

これなにかこれサラダ巻面妖なりサラダ巻パス河童巻来よ   小池光

草つぱらに宮殿のごときが出現しそれがなにかといへばトイレ  小池光

 

小池さんの「面白い歌」は、たとえばすぐこういうのが浮かぶと思うのですが、こうした歌にはその考えが反映されているとも言えるでしょう。

 

しかし、この「写生という方法のおかしさ」という小池さんの意見に対し、続く部分で永田さんが

永田 それは、写生の問題なんですか。茂吉の問題というところも大きいと思うんですが。

と疑問を呈します。それに対する小池さんの返答がすごい。

小池 茂吉だけが、文字通り忠実に写生道を実践したんであって、他の人は写生道といいながら、あくまで間尺に合わせた写生をしているのではないか、というふうにも考えられますよね。 

これはなかなかすごい発言です。つまり、左千夫も赤彦も文明も佐太郎もその他アララギ高弟たちも、誰一人写生ではない、と言っているわけです。このブログの第一回、第八回と合わせて考えてみると面白いかもしれません。

小池さんのこの発言に対して、永田さんは茂吉が「全人格を賭けて写生をしているようなところがおもしろいんじゃないですか」と反論します。しかし、小池さんはこう言い返します。

小池 人格に持っていきたくない。方法に閉じこめておきたい。 

 

永田 でも、方法がおもしろいんであれば、アララギの他の歌人もおもしろいはずでしょう。

 

小池 だから、アララギの他の歌人は、いわば無意識に嘘をついている。方法に徹していないわけです。写生、写実といいながら、どこかで理性的に見据えた形で、あるものは写生の対象にするけれど、あるものはしないというふうに分けている。だから、今のようにお行儀のいい当たり障りのない写生歌が氾濫するんじゃないですかね。(p.113,114)

「人格に持っていきたくない。方法に閉じこめておきたい。」、これも興味深い発言です。私の感じだと、小池さんは非常にロジカルな人という印象があって、基本的には方法論の人だと思います。で、写生というか短歌というかが、その自らのロジカルな部分をどこかで追い抜いていってくれるという期待を持っているのではないか、という気がするんですね。

だからこそ、ここでは茂吉の人格に面白さの原因を求めるよりも、写生という方法自体に面白さの源泉を見たい、というふうになるのではないでしょうか。たぶん、ですけど。

で、第2回の最後はこんな感じで終わっていきます。

小池 それからもう一つは、短歌という文体そのものに内在しているおかしさ、定型に当てはめて言葉をいうということ自体が、そもそもおかしいんだということがあるのではないか。茂吉はそういうところを顕在化させたみたいなところがありまして、過剰な荘重さみたいなことをいいましたが、つきつめていくとほとんど無意味さにつながるんじゃないでしょうか。

 

日本国(にほんこく)の児童諸君(じどうしよくん)はおしなべて辛抱(しんぼう)強くあれよとぞおもふ 

 

 (会場、笑)。おかしいでしょう。こんな無内容な歌はないですよ。それが窮極の笑いだと思います。つまり笑いとは、最終的にこういうナンセンスさに行きつく。意味内容ではなくて、形と内容との巨大な落差みたいなものの中で、生まれてくるというのが、茂吉の示した笑いの一つかな、と思っています。(p.119)

と小池さんは 締めています。「短歌という文体そのものに内在しているおかしさ、定型に当てはめて言葉をいうということ自体が、そもそもおかしいんだ」というところですよね。これはなかなか小池さん自身の歌を考えるときも、大事な視点ではないでしょうか。

永田さんも、この小池発言を受けて、こんな風に言っています。

永田 今の話を、もっと早くしてくれればよかったのに(笑)。今日は、ちょっと話題にならなかったんだけれど、小池氏の歌のおもしろさと、茂吉の歌のおもしろさの違いは何か。小池氏の名言は「我々の生活には凸がない」という言葉です。つまり、近代短歌というのは、自分の精神を高揚させていって、いかに悲劇的に、あるいは悲しい自分を作っていくか、そこにはドラマがなくてはならない、ということで、どんどん凸化していったんですね。しかし、我々の日常の平凡さというのは、そんなところより遙か遠くにあって、そこで無理に凸を志向したから破綻した。凸も凹も作らない、というのが、小池氏のひと頃の作歌スタンスでした。それは、或る意味で言うと、茂吉の無意味さにおもしろさを感じるというところと通じているんだと思います。(p.120) 

 「凸も凹も作らない、というのが、小池氏のひと頃の作歌スタンスでした。」というのは、ほんとそうだな、と思います。小池さんはずっと茂吉にこだわり続けていますが、このようなところで、小池さんと茂吉は響いているのだな、という気がします。

長くなったので、このへんで終わりますが、第3回以降もすげえ面白いです。ちょっとタイトルだけ並べます。

3.茂吉と性

4.茂吉とヒットラー

5.茂吉とわかりにくさ

6.茂吉とレトリック

こんな感じです。「茂吉とヒットラー」てすごいですよね。あと、さっきもちょっと話でましたけど、「茂吉と性」もかなり面白くて、「性的なものを感じさせる歌がたくさん出てくるのと、茂吉の評価が高い時期が一致している」なんていう興味深い指摘があります。

いやしかし、先にも述べましたが、読めば読むほど茂吉は矛盾の塊です。この本の冒頭で小池さんが、

小池 大ざっぱに近代の短歌を見渡して、やはり短歌といえばニアリー・イコール斎藤茂吉になってしまうのではないかという気がしております。(p.17)

と言っていて、私もそう思うのですが、こんな矛盾の塊がニアリー・イコール短歌だとは、あらためて短歌ってなんなんだろうと思いました。つくづく不思議だよなあ、短歌。

 

というあたりでおしまいです。この本、今見たらamazonにも在庫ありましたし、砂子屋書房のサイトからもまだ買えるみたいですよ。座談会形式なので、めっちゃ読みやすいですし。おすすめです。では。