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短歌のピーナツ

堂園昌彦・永井祐・土岐友浩が歌書を読みます。

第43回 大塚英志『キャラクター小説の作り方』

書かれなかった「キャラクター短歌論」のために 土岐友浩

キャラクター小説の作り方 (星海社新書)
 

 

 今、ぼくの手許には『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』という不思議な本があります。カバーはウサギ耳のロリータ少女が重そうなカバンを両手にぶら下げているイラストでちょっとアートっぽいのが気になりますがちゃんとエッチな感じがしてぼくは結構好きです。題名とカバーイラストをセットで見るとなるほど、これが手紙魔のまみという女の子で引っ越しの最中なのだな、と何となくわかります。

 さて、ではページをめくってみましょう。扉を過ぎた後の一行目を引用してみます。

 

  目覚めたら息まっしろで、これはもう、ほんかくてきよ、ほんかくてき

 

 さらに少し先のページの真ん中の辺りを引用してみましょう。

 

  『ウは宇宙船のウ』から静かに顔あげて、まみ、はらぺこあおむし

 

 と、こんな感じです。もう気がついたと思いますがこの本は実は短歌の本、歌集です。 大塚英志『キャラクター小説の作り方』)

 

キャラクターの話から始めよう。

 

手塚治虫の「まんが記号説」によれば「キャラクター」とは「記号」、つまり人物の顔立ちや髪型、表情などの「パターン」の組み合わせである。 *1

劇画など「記号」的ではないリアルな漫画もある、という反論があるかもしれないが、それは絵の「リアリティの度合いが高い」ということで、「リアリティの度合い」さえも作者が選択する「パターン」のひとつなのだと手塚は言う。

 

「記号」という作者と読者の共通認識を解体して、対象をありのままに見つめ直すというのがつまり、短歌のピーナツでも何度も出てきた「写生」なのだけれど、では、文学などの表現が「写生」それだけで成り立っているのかというと、決してそうではない。

話が少し脱線しましたが、ポイントは小説の中には極端に分ければ「写生文」的なリアリズムに基づくものと「記号」的なパターンの組み合わせに基づくものの二通りがある、ということです。けれども細かく検証すると「文学」の文章にもやはりパターンがあるし、一方、田島(昭宇)くんのまんがのように「記号」的でありながら一つ一つの記号は手塚治虫と比べれば「写生」的な例もあります。つまり実際問題としてぼくたちが目にする物語は「写生」的リアリズムと「記号」的組み合わせを相応の割合でミックスしたものです。実写の映画でも「マトリックス」などはアニメ的な「記号」の組み合わせが多く採用されています。逆に押井守のアニメなどは限りなく実写映画に近づこうとしているわけです。 (同「キャラクターとはパターンの組み合わせである」)

 

「写生」的リアリズムと「記号」的組み合わせのミックスというのは、短歌もその例外ではないはずだが、短歌で「記号」の方が問題にされ、論じられることは圧倒的に少ない。

 

僕がその数少ない例として思いつくのは、穂村弘の「モードの多様化について」という評論だ。 *2

 

穂村は、僕たちが現代短歌を読むとき、現実的な場面を思い浮かべるモードと、アニメ的な場面を思い浮かべるモードを無意識に使い分けているという。

そして塚本邦雄の「皇帝ペンギン」の一首にも「ぬいぐるみ的アニメ的、或いはマンガ的」な質感があるとして、それを良くも悪くも、「生の一回性」に支えられた近代短歌的なモードからの脱却と捉える。

我々は『生の一回性』の実感を手放すことで、何度でも再生可能なモノとしての言葉を手に入れたのである。

このようなモノ的アニメ的マンガ的なモードの発生には、おそらくは我々が生きている環境の変化が関わっているのだろう。具体的には、生活環境の都市化によって、対象との直接的な接触体験が減少したこと、一方で映像等のメディア環境の発達によってバーチャルな感覚が増大したことなどの影響が考えられる。 穂村弘「モードの多様化について」)

 

現代短歌が「モノ的アニメ的マンガ的」に読まれているという穂村の指摘は重要だけれど、先の説明を踏まえれば、モードの多様化というのはつまり、「写生」に「記号」がミックスされるようになった、という話なのだと考えられる。

穂村は現代の「バーチャルな感覚」を批評しているようで、近代短歌のモードを絶対化しすぎているというか、結局「アニメやゲームの影響で人の命が軽くなった」とかいうような意見と言っていることは何も変わらないのでは、という気がしなくもない。

 

そうではなくて、もっと積極的に「記号」による表現の意味を見直し、その可能性を考えようというのが、今回取り上げる『キャラクター小説の作り方』である。

 

 *

 

「キャラクター小説」というのは現在でいう「ライトノベル」のことだ。『キャラクター小説の作り方』が刊行された2003年の時点でその言葉は定着しておらず、本文でも「ジュニア小説」「スニーカー文庫のような小説」など文脈に応じて少しずつ違う言葉が使われている。

ここではライトノベルそのものを論じたいわけではないので、大塚にならって「キャラクター小説」で統一することにしよう。

 

本書は角川書店の「ザ・スニーカー」誌上で連載された、大塚英志による「キャラクター小説」創作のノウハウを講義形式でまとめたものである。

 

第1講「キャラクター小説とは何か」から始まって最終講「近代文学とはキャラクター小説であった」まで全12回。

僕は短歌を始めるよりも前、大学一回生の夏に読んだ。

 

大塚は講義を始めるにあたって、「キャラクター小説」の表紙に必ず「約束ごとのようにアニメやコミックのカバーが付いている」ことに注目する。

これは読者が、そのキャラクターが話したり動き回ったりするのを思い浮かべながら、その小説を読んでいるということで、大塚はそこに「文学」とも「エンターテイメント小説」とも決定的に異なる原理を見出す。

後者の小説がいずれもなんらかの「現実」を投影して書かれているのに対し、「キャラクター小説」では始めから「現実」ではなく、作者も読者も「記号」でできた、いわゆる二次元の世界の出来事として物語を受けとめているのだ。

 

第4講の冒頭で、大塚は穂村弘の歌集『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』を紹介する。

さて『手紙魔まみ……』が奇妙なのは俳句と短歌の違いはあれ(いや、本当はとてつもない「違い」があるのですが、ここでは論議を進める上で思い切ってそう記します)、小説から歌までぼくたちの書きことばが暗黙のうちに足場を置いている近代以降のリアリズムというルールから、意図的に逸脱しているからです。「言文一致」という点においては、この穂村弘さんの歌は「まみ」のような女の子が実際に居たらこんなふうにしゃべったり手紙を書いたりするんだろうな、と思わせるほどにリアルです。そして「まみ」がいるものとして考えれば穂村さんの歌は「まみ」の目に映った風景や彼女の感情を「写生」している、とも言えます。 (同「架空の『私』の作り方について」)

 

「写生」や「言文一致」というキーワードが、ばんばん出てくるのが面白い。

『手紙魔まみ』は、一見「まみ」のリアルな言葉で書かれているようだが、実際には穂村の作品である以上、近代的なリアリズムからは逸脱した歌集なのだと大塚は分析する。

けれども繰り返しますが、「まみ」は実在しません。彼女は穂村さんが作った架空の存在です。いない存在の「まみ」がリアリズムを暗黙の了解としているぼくたちの日本語を使って「歌」を作っているのが、この歌集が奇妙に感じられる理由です(同時に魅力でもあります)。

(中略)

ぼくが穂村さんのこの歌集を興味深く思い、敢えて本書で言及したのは、ここに書いたことをちゃんと不思議だと思ってほしいからです。つまり、この歌集はこの世に存在しないキャラクターが歌を詠んでいる、という歌集なのです。穂村さんは「まみ」のプロフィールを用意し、「まみ」への架空の手紙を書き、そしてタカノ綾さんのイラストが「まみ」のキャラクターに視覚的な輪郭を与えます。つまり、ここで採用されているのは、ぼくが本書で問題としてきた「キャラクター小説」と同じ技法なのです。その意味で穂村さんのこの歌集は「キャラクター短歌」の試みである、と言えます。 (同)

 

『手紙魔まみ』を「キャラクター短歌」であると大塚は位置づけた。

なるほど表紙に「まみ」というキャラクターをイメージさせるために「まみ」のイラストが大きく描かれており、挿絵もたくさんあって、そういう意味でこの歌集は「キャラクター小説」とそっくりだ。

「キャラクター」という言葉はそれ自体、なにか作品を軽んじるようにして使われることもあるけれど、大塚の考える「キャラクター短歌」という概念はとても刺激的で、『手紙魔まみ』以外にも、いろいろなことを考えてみたくなる。

 

ただし「まみ」が、大塚の言う意味での架空の存在なのかというのは、非常に重要な問題だ。これに関しては、後でもう一度言及することにしたい。

 

「モードの多様化について」では、僕たちが言葉を記号的に使うようになったのは戦後の環境の反映とされていたが、大塚は、近代以前の文芸では、むしろそれが一般的だったと述べる。

少し脱線しますが、そもそも近代以前の日本の小説は文章レベルでもパターンの組み合わせでした。つまり、こういう風景や状態を表現するには必ずこういう言い回しを持ってくる、とルールとして決まっていたのです。 (同)

 

その例として、大塚いわく「自然主義文学の成立に深く関わり、そのくせ、そのあとは生涯にわたって自然主義文学を批判し続けた天邪鬼な人物」である柳田國男の「頓阿の草庵集」という文章を引用し、こう要約する。

物凄く端折って要約すると、和歌というのも柳田が歌を学んでいた明治半ば頃までは「類題集」というデータベースというかお手本集の類からサンプリングして歌を作っていたので、恋愛体験のない深窓の令嬢でも、恋なんかしちゃいけないお坊さんでも、別の「私」になりすまして歌を詠えたんだと、ということです。このように「写生文」以前の文学は架空の「私」を作るジャンルとしてあったわけです。 (同)

 

大塚英志は漫画の原作者や評論家として知られているかもしれないが、大学では民俗学を志し、学問的系譜で言えば千葉徳爾に学んだ、柳田國男の弟子の弟子にあたる。

(大塚が書いた、折口信夫のもとにあやしい来客が次々に現れるオカルト小説『木島日記』はとても面白い。)

先にも触れたように説教節だけでなく、近代以前の「文芸」とはむしろこのような「決まり文句」の組み合わせでした。俳句に季語があるのも、短歌に枕詞があるのも「この時にはこういうことばで表現しなくてはいけない」という約束事にのっとって「創作」されるものがかつての「文芸」だったのです。

それが近代に入って日本語に「写生文」という考え方が入ってきて大きく変わったわけです。つまり目の前にあるものをあるがままに忠実にことばで「写生」していく、というのが新しい小説の形式となりました。すると別々の人物の類似した行動を同じ決まり文句で表現することは許されなくなりました。 (同)

 

控えめに言って、近代以降の短歌は「写生」を免罪符として「記号」についてあまりにイノセントで、無頓着であり続けてきた。

僕が思うに、問題は、その結果、記号化が無自覚に振りかざされているように見えることだ。記号化が差別と分かちがたく結びついていることは言うまでもない。

 

 *

 

本書は入門書、サブカルチャー民俗学の側からの文芸評論、大塚英志作品の舞台裏話など、いろいろな読み方ができるけれど、もっともスリリングなのは、最終講の「近代文学とはキャラクター小説であった」という章だと思う。

大塚は第1講で、近代の「写生」的リアリズムが「私」を生み出したのだと説く。

ところで、先に述べた自然主義文学はもう一つ、特徴的なものを作り出しました。それは「私」という存在です。つまり、自然主義の小説家たちは写生する対象を外の風景だけではなく自分の心の内側にも向けてしまったのです。日本のリアリズムはどちらかというと「現実」ではなく「私」という内面を「写生」する小説の方にずいぶん偏ってしまった、と考える人もいるくらいです。 (同「キャラクター小説とは何か」)

 

そして最終講で「私小説」の代名詞である田山花袋『蒲団』を手がかりに、「私」という存在の成り立ちを明らかにしていく。

多分、大抵の人がその作者名と題名だけは高校の現代文の授業あたりを通じて知っていて、確か別れた恋人の布団に主人公が顔を埋めるとかいうラストじゃなかったっけ、といった程度のイメージがあるものの、実際に読んだ方は少ないと思います。

(中略)

ぼくが花袋の『蒲団』を読み返したのはつい最近です。そして、ぼくはこの小説は文学史の教科書的な知識としてぼくの中にあった「私小説」の始まりとしての小説という印象とは決定的に異なる小説であることを知りました。確かに有名な布団に顔を埋めるあのシーンはありましたが、それはあってもなくてもいいような要素です。それよりも『蒲団』には「文学」の側が自らと「キャラクター小説」との間に空しい線引きをする小説であるように感じられました。 (同「近代文学とはキャラクター小説であった」)

 

明治30年代の当時、花袋は若い読者に「文学」を啓蒙する編集者兼作家だったが、『蒲団』の主人公である作家も同じように、芳子という「文学」を志す学生から多くの「熱心なる手紙」を受け取っていた。

『蒲団』という小説には芳子からの手紙がたびたび「引用」されているのだが、その「言文一致体」で書かれた手紙に頻出する「私」という主語に大塚は注目する。

先生、

私は決心致しました。昨日、上野図書館で女の見習生が入用だという広告がありましたから、応じてみようと思います。二人して一生懸命に働きましたら、まさかに餓えるようなことも御座いますまい。先生のお家にこうして居ますればこそ、先生にも奥様にも御心配を懸けて済まぬので御座います。どうか先生、私の決心をお許し下さい。 芳子

 

これは『蒲団』の後半で芳子が作家に送った手紙だ。

作家の説く新しい「文学」を生き方の指針として、芳子は作家のもとを離れ、恋人と暮らすことを決意し、「私の決心をお許し下さい」と、その思いをしたためた。

しかしその芳子の「私」に反発し、否定したのが、他ならない作家自身だったという。

芳子にしてみれば、このように主人公の作家の語る「文学」を真に受けて、「昔の女のように依頼心を持たず」「新しい婦人として」「自ら考えて自ら行う」女子たれと師に説かれてから、「私」という主体を持って恋人と生きることを「決心」したのです。しかし、芳子が「私」として生きようとした途端、作家はいきなり前言を撤回します。「私」という「仮構」を芳子が現実に生きようとすることに狼狽えるのです。

(中略)

「文学」と「現実」は違うのだ、と主張しますが、それは彼が芳子を「文学」という虚構に閉じ込めておきたかったからです。ですから芳子が恋人と一線を越えたと知った途端に逆ギレして、彼女を父親とともに故郷に返してしまうという行動に出ます。 (『キャラクター小説の作り方』)

 

「文学」は芳子に「私」を与えたが、いざ「私」がその外の世界に出ようとすると、「文学」は芳子から「私」を取り上げ、追いやってしまった。

 

『蒲団』が「私小説」だと言われるのは、作家が私生活をスキャンダラスに告白したからではない。

「私」の起源に「言文一致」という言葉の問題が深く関わっており、「私」は「文学」という権力によって与えられ、奪われもするものだということが、あからさまに示されているからなのだ。

芳子の「私」が西欧の「文学」や「言文一致」体が可能にした仮構の「私」だとすれば、そもそもそれを与えた作家の側の「私」もまた仮構ではないのでしょうか。

(中略)

けれども「文学」は「私」を女学生の芳子には許さず、自分たちの語る「私」のみが「私」なのだと主張しているように『蒲団』という小説は読めてしまいます。 (同)

 

「私」とは、近代の「言文一致」によって仮構されたキャラクターにすぎないと言い、それに気づかないことの危うさを大塚は様々な場面で繰り返し論じている。

その是非は読者に判断していただくとして、僕が本書を読んですごいと思うのは、「キャラクター小説」の考察が「写生」や「私」への批評にまで届いているということだ。

 

短歌では、フィクションを通して「現実」を描くという手法さえほとんど禁じ手のようになっているが、大塚は「キャラクター小説」という記号的な表現こそが「現実」を描けるのだと、講義の最後、読者に語りかける。

「仮構の私」をあることにして、西欧の概念が先行して入ってきた「仮想現実」をあるものとして描いたのが「文学」だったとすれば、「文学」と「キャラクター小説」は実は明治期に同時に成立していたことになります。というよりは本来、同じものだったのにそれは違うものとされ、芳子が描いた仮構の現実の中に仮構の私を描く小説は、少女小説やミステリーを経て、やがて、新井素子や「スニーカー文庫のような小説」として再び小説の歴史に現れたのです。

 そんなふうにして自分たちのジャンルの来歴を自覚し、その限界や困難さを知ることで、どんな小説も「文学」に多分、半歩、足を踏み出し得るとぼくは思います。

 ぼくが「キャラクター小説」が「キャラクター小説」の外側の「現実」を描くことの困難さについて本書で説明してきたのは、言うなれば『蒲団』のヒロインである芳子の「私」や「文学」が出会うことを禁じられた「現実」と、ぼくたちの「キャラクター小説」はいかにして出会うべきかを考えてみたかったからです。仮構しか描けない、と自覚することをもって、初めて描き得る「現実」があるのです。とうに「現実」と向かい合うことを止めた多くの文芸誌的「文学」の真似をする必要はまったくありません。

 キャラクター小説を志願するあなたたちは、しかし「文学」であることを恐れてはいけません。良質なキャラクターグッズとしての小説であることと「文学」であることを両立しても何ら構わないのです。それは作者としての製造者責任と社会的責任の両方に応えようとすることに他ならないのです。

 もう一度言います。

 キャラクター小説を志願するあなたたちは「文学」であることを恐れてはいけません。「キャラクター商品であること」のついでに「文学」であることを両立させてこそ「キャラクター小説」は「キャラクター小説」足り得るのです。

 

私小説」も「キャラクター小説」も起源において同じものであり、「キャラクター小説」でしか書けない「文学」や「現実」がある、という大塚のメッセージは感動的だ。

 

では、短歌の場合は、どうか。

 

最後に僕は、大塚の読み解いた『蒲団』という小説の構造が、『手紙魔まみ』とよく似ていることを指摘したい。

どちらも「手紙」がキーアイテムになっていること。

そして「手紙魔まみ」にはモデルとなる女性がいて、実際に穂村宛の手紙を書いて送っていたこと。これは穂村自身がインタヴュー等で明かしており、この手紙を自分だけが読むのはもったいないと思ったのが「まみ」というキャラクターを創造した理由のひとつだったという。

 

『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』という歌集をただの「キャラクター短歌」と読むか、それとも「仮構の私」をめぐる穂村弘と「まみ」の物語と読むか。

そこには現代短歌を考えるうえで、欠かせない問題が含まれているはずだ。

*1:『キャラクター小説の作り方』第3講「キャラクターとはパターンの組み合わせである」

*2:『短歌の友人』に収録